メリタ

menu

こだわりの珈琲店を巡る

第二回
 広島 ルーエぶらじる

復興するヒロシマで生まれた「喫茶店モーニング」

「平和の街」から生まれた、戦後の新たな食文化

憧れと、想いが込められた店名

喫茶店モーニング。このサービスが、原爆の惨禍から立ち上がるヒロシマの街で生まれたのをご存じだろうか。その店の名は、「ルーエぶらじる」。世界遺産「原爆ドーム」から南に約1.5km離れた鷹野橋(たかのばし)商店街の入口にある、創業72年(※1)の老舗である。
その前身は、広島駅前市場で開業した「末広食堂」だ。初代店主・末広武次氏が終戦直後の1946年に開業したが、1952年に区画整理により現在地へ移転。移転先一帯もその7年前の8月6日、一瞬にして焦土と化し、復興の槌音が聞こえる中、「喫茶ぶらじる」として再スタートを切った。
店名の「ぶらじる」は、銀座三越の路地裏にあった珈琲専門店「銀座ぶらじる」(※2)に由来する。戦前、東京で学生時代を過ごした武次氏が足繁く通った名店だ。現在の店名にある「ルーエ(Ruhe)」は、ドイツ語で「平和」や「休息」を意味する。店先に掲げられたパネルには、こんなメッセージが記されている。

「コーヒーで描く くつろぎの時」

喫茶店モーニングのルーツ、「夢の3点セット」

「喫茶ぶらじる」がモーニングを始めたのは喫茶店を始めて3年が過ぎた1955年のことだ。武次氏は、当時一杯50円で出していたコーヒーにSS(極小)サイズの卵の目玉焼きを乗せたトーストを組み合わせ、「夢の3点セット」として60円で提供した。食糧難の時代に、栄養不足気味の顧客に開発した洋風の朝定食はたちまち人気となった。総務省統計局の物価統計調査では1955年当時、鶏卵の小売価格はMサイズで一個10円弱。パン食も珍しかっただけに、提供したモーニングは破格の値段だった。当時6歳だった息子の克久氏は「モーニングの導入をめぐり、利益面で従業員と揉めていたようだ」と記憶している。
日本初の喫茶店モーニングを生み出した初代店主の武次氏には、時代を先取りするセンスがあったようだ。克久氏は実父を「父は新しもの好きでした」と回想する。
「当時『三種の神器』と呼ばれたテレビや冷蔵庫は、いち早く購入していました」
1962年、武次氏は店舗を鉄筋2階建ビルに新築。そのモダンな外観は、木造建築が並ぶこの地域でひときわ目立った。冷暖房装置も同業店に先駆けて導入している。

受け継がれる、進取の気性と接客哲学

高級喫茶店「談話室滝沢」に学ぶ

息子の克久氏は、先代が亡くなり32歳で店を継いでいる。先代が「銀座ぶらじる」に憧れたように、克久氏にも憧れの、そして「理想」とする店舗があった。新宿、池袋、御茶ノ水など都心に数店舗を展開した「談話室滝沢」だ。
1966年に滝沢次郎氏が創業した談話室滝沢は、高級喫茶店として知られている。珈琲、紅茶などの飲み物は一律1,000円と割高な価格設定だったが、この店の唯一無比とも言える雰囲気に多くの者が魅せられた。
その魅力の源泉は「滝沢が売るものは、コーヒーではなく、社員の人格、礼儀作法」という経営理念にあったと言われている。ウェイトレスはすべて正社員。社員寮で規律正しい生活を送りながら、華道、茶道、着付けや接客技術を学んでいた。ホテルマンを目指して東京で学生時代を過ごしていた克久氏は、新宿東口店や池袋店に何度も通い、その接客哲学を目の当たりにしている。
「お盆に載せた水を客に差し出す前に、グラスの底をふきんでサッと拭う。そのマニュアルが凄い!と思った。従業員の礼儀作法が私自身の初歩的なマニュアルになりました」。
そして克久氏は大手ホテルチェーンの内定を断り、家業を継ぐ決意でUターン。実習生としてホテルの現場で得た接客の基本と滝沢イズムが、「ルーエぶらじる」で働く上での大きな糧となった。
同県人のよしみもあって克久氏は滝沢社長と三度面談の機会を得た。その中でも一番印象に残っている言葉がある。

「幹だけで勝負してごらんなさい。枝葉はいらない。幹は時代が変わっても、ブレることはありません」。

残念ながら「談話室滝沢」は2005年3月末に約40年の歴史を閉じた。その理由は「人材確保の問題」だったという。
「滝沢社長は、昔ながらの従業員教育が難しくなり『私の理想からどんどん離れていく』とおっしゃっていました。それでも我々のレベルからすれば、はるかに高い水準でした」。

喫茶店とは、「人間性」を提供するための場所

食と健康のカフェ・レストランへ

克久氏は、父親譲りの進取の気性を発揮して「食材へのこだわり」と「健康」を新たなテーマに掲げ、カフェ・レストランへと業態を進化させた。特に注力したのが、自家製パンの開発だ。海外の専門書を取り寄せて独学で技術を習得した。毎朝4時から中庭奥の工房でパン生地を仕込むのが一日の始まり。食パンは無添加・保存料なしで1枚から販売するスタイルが人気だ。スライスは、好みや用途に応じて2cmと2.5cmの2種類から選べる。現在では、地域No.1のベーカリーショップとしても大にぎわいだ。
イートイン向けのセットメニューは6種類で、価格帯は650円から1,250円までと、幅広く設定している。もちろん、モーニングサービスも健在だ。提供時間は午前7時から10時半まで。6種類からチョイスできる。定番のAモーニングはトースト、ゆで卵、サラダ、ドリンク(珈琲/紅茶)で550円。Bモーニングはトースト、目玉焼き、サラダ、ドリンク(同)、ミニジュースを650円で提供している。

半年かけてたどり着いた「新時代」のためのブレンドの味

もちろんコーヒーにもこだわりがある。昨年12月にはブレンドコーヒーの配合比率を変更。ボディ感はそのままに「芯を変えずに、時代に合ったコーヒー」を目指した。2代目になってから20年ぶり、2度目の配合変更だ。挑戦を始めてから半年後、試行錯誤の末にようやく納得できる味が完成した。当初グアテマラを使用する計画は供給不安から断念し、代わりに供給不足が解消したモカを配合。後継者の娘と地元屈指のコーヒー卸業者である「寿屋珈琲飲料社」の割方会長とともに開発した新たなブレンドは、常連客からも好評だ。

喫茶店とは、「人間性」を提供するための場所

取材の最後に、克久氏は喫茶業店という存在の本質について語ってくれた。

「人間性を売るしかない商売。基本は親切心ですね」

「ルーエぶらじる」の新時代を築いた克久氏は、今年(※1)で古希を迎える。この歴史を次世代につなげるべく、三代目・末広朋子氏への継承の準備を少しずつ始めているという。後継者難から、閉店を余儀なくされることが少なくない個人経営店。初代・二代目とは大きく異なる時代環境の中、「ルーエぶらじる」は今後、どんな素晴らしさを私たちに提供してくれるのか…。三代目の挑戦に期待したい。

※1 2019年3月現在。
※2 現在は閉店。「銀座ブラジル 浅草支店」が営業中。

取材メモ

時代を語る「マッチ・コレクション」

「ルーエぶらじる」の店内には、「マッチ・コレクション」が飾られている。この店の、歴代の広告マッチだ。このコレクションは、常連だった広島大学の教授の遺品整理で見つかり、家族から寄贈されたもの。1950年代後半から1960年代につくられたラベルはデザイン性に優れ、遊び心にあふれている。
コレクションの中には、本稿でも触れた「冷暖房完備」をうたうものが多く見られた。1958年製のマッチは、夏版・冬版の2種類がつくられている。季節ごとに冷暖房の快適さを伝えるためだったようだ。当時は、多くの人が「快適な冷暖房」を求めて喫茶店を訪れていた。

デリカ&パンと欧州料理の店 ルーエぶらじる

ADDRESS:〒730-0051広島県広島市中区大手町5-6-11
TEL:082-244-2327
営業時間:月~土7:00~20:00/日・祝7:00~18:00/年中無休
モーニングサービス:7:00~10:30
席数:1階38席(2階は貸切専用)

コーヒーのおいしい淹れ方と楽しみ方 おすすめコンテンツ